お墓100年プロジェクト

お墓100年プロジェクト実行委員会によるブログ (お墓参り写真コンテスト フォトコン2017に応募しよう!)

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現場視察

どうも、山形の三浦です。

今日は、現場視察と言うことで
酒田市の沖合いにある島、飛島(とびしま)に日帰りで行ってきました。
知っている人は少ないかもしれませんが、
結構、旅番組などのテレビなどでも取り上げられたりしている小さな島です。

詳しい情報は下記でご覧になってくださいね。
http://www.city.sakata.lg.jp/ou/shoko/kanko/bussan/3001.html


今回、飛島のお墓を解体して酒田市に新しいお墓を建てるといったご依頼をいただきました。

私自身、飛島は一昨年に青少年事業の付き添いで一度行ったくらいで、
仕事で行くのは初めてな為、お客様に案内されての視察となりました。

天気もよく最高のコンディションではありましたが・・・
乗り物酔いする私にとって行き帰りの道中は、
お客様に心配されるほどの船酔いでダウンです。。
(ほんとは船上での風景写真も撮りたかったのですが余裕なしです)

もちろん、島に着くと気持ちを切り替え、早速現場へと向かいました。
飛島1


お客様から「階段をかなり登った所だよ」と聞いていましたので
覚悟はしていたのですが・・・

これほどとは・・
飛島4
さらに階段は続き・・
飛島3


道具はどうやって運んだらいいのだろう(^^;
など、思いながらお客様に付いてまたさらに登っていくと墓地にようやく着きました。

飛島2
思っていたより、歩く道もきれいな墓地でしたので良かったのですが、
さっきの階段どうしよう・・(^^;

「こんな感じ(酒田からフェリーで着たり、長い階段を登ったり)だから、墓参りが大変で」とお客様。

今では若い人達は島を離れほとんどいなくなり、
島で暮らしている、おじいちゃんやおばあちゃんがお亡くなりになると、
今回のような墓地移転をされるケースが多くなったそうです。

飛島では、お墓の継承について考え、決断しなければいけない
時期に直面する方たちがこれからも増えそうです。

昔から祀ってきたお墓を無くするのも大きな決断ですし、
そして、新しくお墓を建てるのも大きな決断です。
(輸送コストや墓地からの運送作業費がかかる為、大体の方は建てかえされるようです)

今まで、近くにあっても詳しく知らなかった飛島の現状も知る現場視察となりました。

寂しい感じになってしまいましたが、
今回のご依頼主様のお父様はご健在で新しいお墓が建つことを楽しみにされていました。
お元気で昼食まで作っていただき、ご馳走になってきました(^^)


P.S
また、南口さんのブログに影響されてしまったような内容になってしまいました
勘弁してくださいね

さて、もうすぐ3月です。
お彼岸の際には、家族そろってお墓参りをして
今の家族の姿を形に残されてはいかがでしょうか?
今年もお墓参りフォトコン開催いたします!!

詳しくは、画面右にあるリンクの
★2014応募資料は、こちら★
をご確認ください(^^)




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[ 2014/02/26 19:10 ] 五心日記(山形) | TB(0) | CM(0)

お墓が二つ

こんばんは、鳥取の南口です。

ニュースで見てましたが、関東の大雪大変なことになってますね。。。
特に山梨県の積雪などで現在でも孤立している集落があるみたいで、早い回復を祈っています。

と、いつだか「この冬の鳥取の雪は多いじゃないの??」と書いてましたが、、、、
想像以上に雪が少ないです。


最近の事を書こうかと思いましたが今ひとつ面白いことも浮かばないので、昨年の秋の事でも書いてみようと思います。
石屋の仕事をしていてお墓を建てる以外にも「今後祀り手のない墓をどうしよう?」などの相談を受けることがあります。
お骨などはお寺に永代供養などの方法がありますが、お墓は撤去しないといけない内容でした。
(お客様の事情により)

場所は鳥取県大仙町名和町。
ここのお墓が変わっていて、お墓が二つあるんです。
1,2か所の全貌
(現場の一例)

お墓が二つあると言う内容は、
・お骨が収めてある墓
・お参りする用の墓
で、二つあると言う意味です。(もちろん同一人物の)

お骨が収めてる墓は少し山を登った所にあり、
お参り専用?の墓は足場のよい山のふもとに付近にあります(上の画像)

昔は個人墓だったので上に何人かの墓があれば同じ数下にあります。

話を聞きながら下見していったんですが、まぁ、なんというか、、、
石屋にとってありがたい話ですね!
変わった風習ですよね。

下のお墓にはお骨はないんですよ、完全にお参り用。
厳密には下の墓は、お墓であってお墓で無いような気もしますけど。

ちなみに肝心な「なぜ?そういう風習があったか?」は、分かりませんでした。。

ただ単に下にあった方が近くていいじゃない!って理由ではないような気がしますし、何らかの理由があるんでしょうね。

(名和町全体ではなく、この集落のみかもしれません。)

それではまた!

 人は 「石」 になる

フォトコンのご案内は、こちら


こんばんわ(^^)

今日は、遥か昔のお話しです


むかし、人が亡くなり埋葬する際に、

石を胸に抱かせて、埋葬していたことがあったのをご存知ですか?


『死者が生き返って来ないように、重い石を抱かせた。』


そういった解釈をされる方々も多くいます。



でも???と、考えることがあります 




縄文時代の最大の遺跡と言えば、青森県の三内丸山遺跡があります。

この遺跡のお墓は、環状列石やストーンサークルと呼ばれていて、

人々が住んでいた集落から、海に行くまでの間にあり

毎日 食べ物を捕りに行くメインストリートの道の両側に、

たくさんのお墓が祀られていました。



もし死者が、上記の解釈のような忌み嫌うような存在だったとしたら、

どうしてそのような場所にお墓を造ったんでしょう?


縄文人たちは、死者を
集落を支え守ってきた存在だと感じ、

お墓は、その大いなる方々が眠る空間であったのではないでしょうか 


だから毎日供養や報告や感謝をし続けために、
そのような場所にお墓を造ったのではないでしょうか。


『人は、石になる。』
そういった解釈をされる方が おられます。

死者に石を抱かせたのは、死後の御霊(みたま)が石に入り、
いずれ生まれ変わるまでの魂をおさめるための存在だったのではないか。

みたまとは、御霊であり御魂でもあり、玉でもある。


つまりその石は、死者にフタをしたのではなく、

死者を再生させるための存在のためだった 



ぼくは、この想いやりのあるこの解釈こそ、

大切にしたいと思っています(*^_^*)

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Author:フォトコン2017
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