お墓100年プロジェクト

お墓100年プロジェクト実行委員会によるブログ (お墓参り写真コンテスト フォトコン2017に応募しよう!)

震災から、1千日

みなさん。こんばんは。 北條です。


 さて先週12月4日。東日本大震災から1000日が経過しました。

膨大な人々が被災し、とてつもなく多くの方がお亡くなりになられました。


   『 1 千 日 。』


それぞれの方にとって、とても想いがつまった日々だったと思います 


この震災でお墓を流された人も多く、また流されに済んだ方々でも、

無傷ではないため、修復できずにおられる方々が沢山おられます。


「ごめんね。」

きっと、お墓の前でそう語りかけた人も多くいると思います。





 1週間前、お寺のご住職であり作家の長澤宏昌氏のお話しを聴く機会がありました。

--散骨は、すべきでない--の著書を書かれたご住職になられます。


sankotu.jpg


「現在の美化され、誤解された散骨意識」

そのあまりにも簡素化されたあり方に、こころを傷められています。




最近の都市事情では、

お亡くなりになられた方を、直葬(お葬儀をせぬまま火葬)し、

すぐに散骨(海に撒く) または集合型納骨堂に納骨 といったように、

ご遺族や友人たちは、

お亡くなりになった方と 向き合うことすら出来ない状態


になっています。


なにかお金をかけずに綺麗なイメージだけが先行していて、

そこに供養をし続ける人の奥行きが感じられない
のです。



また、「お墓参りを、今後、子供たちにさせるのが大変だから。。。」

といって、お墓を撤去するシルバー世代の方々も沢山おられます。




このような都市事情と被災地との違い。

わたしたちは、この大災害によって、

なにを、学ばなければならないのか?



『 1000日前の以前の話。』なのか

『 まだ、たったの1千日。』なのか。


こころの在り方を、問われている気がします。



人は見えないこころの部分を、

形にして将来に遺すことのできる動物です。

また、その遺したものから、

見えないこころの部分を読みとくことのできる動物です。


大切なこころ 

日本の大切な祈りの文化を、今宵 感じてみませんか 


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